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柳川簡易裁判所 昭和40年(ろ)61号 判決

主文

被告人らを各罰金三〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人らの負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

一、被告人津田、同野口、同熊川は共謀して、法定の除外事由がないのに、昭和四〇年五月一八日午後一〇時二〇分ころから同日午後一〇時四〇分ころまでの間、別紙第一広告物表示一覧表記載のとおり、大川市向島井上木工所前道路外二六箇所の電柱合計二七本に「戦争と侵略の軍事同盟、日韓会談反対」などと印刷した縦五二・八センチメートル横一九・二センチメートルの屋外広告物であるはり紙合計四九枚をのりではりつけ表示し

二、被告人高田、同甲斐、同永野は共謀して、法定の除外事由がないのに、前同日午後一〇時三〇分ころから同日午後一一時一〇分ころまでの間、別紙第二広告物表示一覧表記載のとおり同市榎津七八〇番地江中鏡台店前道路外七箇所の電柱合計八本に「安保共斗即時再開すべての民主勢力は決起しよう」などと印刷した縦五二・八センチメートル横一九・二センチメートルの屋外広告物であるはり紙合計一二枚をのりではりつけ表示し

たものである。

(証拠の標日)≪省略≫

(適用した法令)

福岡県屋外広告物条例第一条第一二号、第一八条第一号

刑法第六〇条第一八条

刑事訴訟法第一八一条一項本文

(弁護人及び被告人の主張に対する判断)

弁護人及び被告人らは、本件につき、いろいろな主張をしているのであるが、そのうち直接関連のある主要な点を要約すると、

1  市街地の電柱にビラやポスターが貼られているのは、日常目撃するところである。それが検挙されても起訴されていないのは、軽微案件として起訴猶予処分となっているからである。

2  然るに本件被告人らが起訴されたことは、特定の団体(共産党)の社会運動ないし政治運動に対する弾圧であり、すべての国民の法のもとに平等であることを保障した憲法第一四条に違反する。

3  福岡県屋外広告物条例が「都市の美観風致の維持」という捕えどころのない法益を保護するため、電柱などへのビラ貼りなどを規制することは、国民の表現の自由を保障した憲法第二一条に違反する。

以上の理由により、本件は公訴権の濫用による起訴であるから公訴棄却をすべきである。

一、そこで先ず公訴権濫用について考える。

現行刑事訴訟法規には、起訴が公訴権の濫用である場合の措置について、何の規定も設けていない。このことは検察官所論のとおり、検察官にはその任用資格などにおいて厳格な条件を付し、その職務の遂行にも厳重な監督規程を置いていることから考えて、公訴権の濫用はあり得ないことを前提としていると解せられる。しかし所論の「公訴権は検察官の専権に属する」ということは、「公訴権は検察官の専断を許す」との趣旨とは考えられない。したがって弁護人指摘の福岡高裁刑事三部の判決(昭和四三年二月二一日言渡、判例時報五一六号)の説示するとおり「かりに検察官においてその職責に背戻し、公訴権本来の目的と異る意図の実現を期し、或は一般起訴猶予基準との対比の上で、客観的に起訴猶予処分に付して然るべき案件を不当に起訴するにおいては、たとい公訴の提起そのものは手続規定にしたがい適式になされたとしても(中略)公訴権の濫用となる場合もないではない。」のであり、又起訴前に免訴又は公訴棄却などの裁判をすべき事由があることの明らかな事案を、検察官が専断をもって起訴したときは、これも公訴権の濫用といい得るものと解せられる。(ジュリスト三八九号四六頁以下)検察官は「現行刑事訴訟法の下では、公訴権の濫用でないことは訴訟条件ではなく、裁判所は検察官の公訴提起の当、不当について審判する権限を有しない。」という、なるほど訴訟条件を、実体審理および実体裁判の要件と解するかぎり、起訴が公訴権の濫用でないことは訴訟条件ではない。しかし裁判所が実体審理をなしうるためには、提起された公訴が有効であるときはじめてその内容である訴訟の対象についての審理(実体審理)をなすことができるのであるから、公訴が有効であるか否やについて先ず審理しなければならないものと考えられる。したがって被告人又は弁護人が具体的事由を明示して、起訴が公訴権の濫用であると主張する場合、裁判所としては、その結果公訴権の濫用として公訴棄却する(公訴を不適法として排斥する)か否かはともかく、その事由の有無につき、審理、判断すべき職責を有するものと解するので、右検察官の主張は否定せざるを得ない。そこで当裁判所は前示弁護人らの挙示する公訴権濫用の事由につき判断する。

二、福岡県屋外広告物条例は、屋外広告物法にもとづき、福岡県における市街地の美観風致を維持し、及び公衆に対する危害防止のため制定されたものであるが、その罪質及び法定刑から見て比較的軽微な法益侵害を予想していることは、弁護人ら主張のとおりである。したがって検察官が、事案により起訴猶予処分にする案件があることは推認されるが、違法性が軽微だからといって、すべてを起訴猶予処分にすることは逆に公訴権の消極的濫用といわねばならない。そして被告人澄川賢治に対する略式命令謄本によると、柳川区検察庁から岡山区検察庁に移送されたと推認される同被告人に対する福岡県屋外広告物条例違反被疑事件につき、同被告人は起訴、処罰されていることが認められる。弁護人は右澄川賢治を検挙、起訴したのは、証人田村喜雄の供述のように、警察官が本件を検挙した直後であったので、本件との比較上それを見逃されないとして検挙したものであり、且つ五名中一名のみ送致され、その一名のみを起訴したことから見て、本件起訴が共産党の社会運動ないし政治運動の弾圧の現われである旨主張する。しかしこのことをもって検察官が、本件起訴につき、一般起訴猶予基準との対比の上で、客観的に起訴猶予処分に付すべき案件を、その職責に違背し公訴権本来の目的と異る意図の実現を期して起訴したものとは認めるに足る資料はない。

三、判示被告人らがはったはり紙が共産党の社会運動ないし政治運動の一環として行われたものであることは右はり紙に「共産党」と印刷してあるところにより明らかである。弁護人らは、本件の検挙、起訴は、特定の団体の正当な右運動の弾圧であり、憲法第一四条に違反するという。なるほど証人貞苅汎の供述記載(第二一回公判期日)及び同証人に示した弁護人提出の写真、並びに証人本村貞一の供述を綜合すると、昭和四〇年一〇月下旬、大川市交通安全協会向島支部の副支部長である本村貞一が大川市西浜町及び弥生町一帯の民家の塀や電柱に、「主催大川市交通安全協会向島支部、大川警察署」と書いた交通法令講習会の広告物二〇枚ないし二四枚位をはりつけ、三、四日後警察からの警告によりはぎ取った。しかし同人は右所為により検挙されてはいないとの事実が認められる。そうすると右本村貞一が福岡県屋外広告物条例に違反しながら検挙、起訴されないのに、本件被告人らが同一の違反をしたことで起訴されたこととなるのである。このことから見ると、右本村貞一と本件被告人との処遇に差異があり、一見不平等であると考えられないことはない。しかし憲法第一四条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものでなく、このような処遇に差異があったとしても、直ちに憲法第一四条に違反するものでないことは、最高裁判所の判例(昭和二三年一〇月六日最高裁大法廷判決、同二六年九月一四日最高裁第二小法廷判決、同四五年六月一〇日最高裁大法廷判決)とするところであり、本件がその全資料によるも、右判例と別異に解しなければならない合理的な理由は見いだせない。

四、つぎに本件条例が電柱などのはり紙を、「都市の美観風致の維持」のため規制しているものであり、そのことが憲法第二一条のいわゆる「表現の自由」の保障に違反するものであるとの主張については、本件条例と同一法体系に属すると認められる大阪市屋外広告物条例について、最高裁判所の示した判例(昭和四三年一二月一八日最高裁大法廷判決)と同一に解せられるので本件条例は違憲とはいえない。

五、以上弁護人らの挙示する理由によるも、なお又本件全証拠によっても、本件起訴が、検察官においてその職責に背戻し、公訴本来の目的と異る意図の実現を期したものであるとか、その他公訴権の濫用によるものであるとの心証を得ることができないので、弁護人らの主張は採用するに由ない。

(裁判官 吉松卯博)

〈以下省略〉

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